電子書籍と著作権

203
電子書籍と著作権

 電子書籍がじわじわと普及し始めAmazon direct publishingなどから、出版が身近になったのはいいことだと思います。しかし、抑えていないと、とても厄介なトラブルに巻き込まれることが見落とされているのは、由々しき問題だと感じる今日この頃です。

私自身もこの「出版が身近になった」ことに由来して、出版の新たなカタチを実現しようとテストを繰り返したり、法律面の整理などを行なっているのですが、関連書籍を読めば読むほど、出版社発行の編集人に向けた書籍などにおいて、電子書籍に関する著作権に関する取り扱いが甘いことに恐怖すら覚えます。

今回は、紙本と電子書籍における出版業界の認識をこれまで読み漁った関連書籍を踏まえた感想としてご紹介したいと思います。

電子書籍出版と紙本出版の評価の違い

 今年一年出版事業の営業活動を行なって感じることは「電子書籍を出版しませんか?」とオファーを持ちかけた時の反応の低さです。特に面白いのは「出版しませんか?」と話を持ちかけた時の返答に「どのくらいの費用で出版できますか?」と返される人が多いのはとてもユニークな現象だと感じています。こちらとしても出版オファーを出す場合は、それなりにユニークな内容の書籍になるような人物に対してしか、オファーは出しません。

もちろん、既存出版社と私がやっている出版事業は大きく違うために「ユニークな内容」には、必ず「本業にプラスになるか」という項目が盛り込まれます。これまでのブログエントリーでも、出版事業を案内しているコーポレートサイトでも掲載していますが、商業出版と自費出版の中間的な位置付けをされることが多いですので、費用負担を初めから理解してくださっていることは非常にありがたいことですが…

「どのくらいの費用で出版できますか?」と返答をいただいた時には、ざっくりとした金額をお伝えするのですが、世間一般的な自費出版と比べるとその価格の安さに驚かれることが多いのも事実です。ただ、続けざまにその安さに不信感も抱かれることは少なくありません(汗)。出版オファーを投げかけた人物のその怪訝な顔を見ながら、私は「あ!電子書籍ですので」というと「あぁ〜」と落胆した顔と同時に、不信感は消え、出版できると一瞬目を輝かせた眼差しも曇っていきます

それもそのはずです。

電子書籍は2016年でも全出版物の売り上げの1割程度にしか達しておらず、普段の生活において、電子書籍を目の当たりにすることはありませんので「普及していない=価値を低く見積もる」という感覚は、正当な反応だと私は思います。

電車の中やカフェで本を読んでいる人は見かけても、電子書籍を読んでいるのかスマホゲームで遊んでいるのかは見分けはつきません

 それでいて、アーリーアダプター層と呼ばれるウェブ関係のお仕事をしている人たちや、すでに電子書籍界隈の情報をキャッチしていたり電子書籍を読んだ経験があったり、習慣がある人においては、その可能性を質問されることがあり、電子書籍に対して、それなりの評価をするケースも多くあります。

それでも、やはり「紙本」の評価は、電子書籍の何倍も高い評価をしますし「書店陳列」の有無に関しては、絶大なる評価をします。これは、読書習慣の有無に関係なく、高く評価するようですので、これも面白いことだと私は感じています。

では、この差はどこからくるのでしょうか。

私がこの差を感じたのは、初めは高いと感じていた出版費用に対して、依頼者が実際に出版される行程を体験することで、その価格感度が大きく変わる過程を何度も体験したからです。

著作権法に関する知識レベルの差

 出版に対する紙本と電子書籍で評価に大きな差があるのは、認知度の差に由来することが多いのですが、誰でも出版できる電子書籍の出版に対して費用負担が発生することに対する価格感度の差は、どうやら「著作権法に関する知識レベルの差」が大きく関係しているようです。

著作権は、基本的にコピーライトマーク「©️」を付けていなくても、公開された情報に対して「著作権」は派生し、法的争いになった場合には「著作物の創造性」が、その論争の軸として争われるようです。

ん〜ややこしいですね(笑)

基本的に「ややこしい」ことには、誰もが目をつぶりたくなります。しかし、新サービスの法的側面の整備を進める中、改めて仕入れたり読み返している出版関連の専門書などを整理していくと、この「著作権」に関して、出版社や編集者が多大な労力を注いでいることがわかります。

基本的に出版物の対する著作権は「著者」が保有します。

どれだけ、その著作物の編集や作成、校正や校閲に編集者が労を惜しまず動いたとしても、編集人には何の権利も発生しません。万が一、著作物内で著作権侵害の訴えが起これば、その著者と出版社が訴えられます。

編集人は出版社に属す場合もありますが、フリーの出版人もいますので、編集者の仕事は「著者と出版社を守り、著者の創造性を適切に具現化すること」になります。

最近は日本テレビのドラマ「校閲ガール」などの影響もあり、「校閲」に関する情報も世の中に出ているようですが、編集人が行う「校正」を誤字脱字や表記の統一といった「読みやすい本」にする作業だとすれば「校閲」は、誤植のチェックや著者の主張を裏付けるデータなどを集めてくる仕事などが、この「校閲」という作業になります。

これは、業界内では有名な話だそうですが、ある文学小説の編集にあたり、その小説内での情景描写をリアリティにかけると指摘し当時の建造物などの文献を調べ、原稿を著者に書き直させたということがあるそうです。





この編集者は、小説の原稿を読み、歴史的な建造物文献をかき集めるなどして、その時代背景と当時の建造物の位置関係などから「その立地で、小説で描かれているような眺望は不可能だ」と指摘したそうです。

もし、そのまま小説を出版していれば著者は「いい加減な作家」というレッテルが貼られるところだったわけです。

また、こういった校閲作業は著者の著作権侵害の危険を回避する作業としても行われます。書籍内には、カバーデザインの画像やイラスト、本文中に掲載される図表やデータに画像など、すべてに著作権が付いて回っていますし、文章を引用する際にも著作権が関係します。これらの画像の使用や「引用」には、細かいルールがあります。著作物の使用には「著作物使用料」が求められることもあり、本文内での引用文とその引用方法が問題で、引用元から著作物使用料の請求が起こる場合があります。

これを回避するのも編集人の仕事なのです。

この「著作権」ですが、言わずと知れた「著作権法」によって定められていますので、一般的な経営者レベルになると法整備のある物事への応対に関して、専門家のチェックを通すなど慎重になるのですが、同じ経営者でも個人事業レベルになると、特にマイナーな電子書籍に対する法整備に関して無頓着になるケースは少なくありません。

ここが非常に危険です。

出版が電子書籍の登場によって身近になった分だけ、この著作権に関するトラブルが今後増えるのではないかとちょっと心配しています。

ネット上は著作権侵害の宝庫?

 著作権を軽んじる風潮がある理由に、私はネットの普及に原因があると感じています。なぜなら、ネット上に「引用ルール」は存在しないのではないかと思わせるくらい、デタラメです。基本的にこの「引用」ですが、出版においても「引用元」に敬意を払う配慮をおこなった掲載を行えば、それほど問題にはなりません(詳細を記すると煩雑になるため割愛します)が、「引用元に敬意を払った掲載」という表現が「程度問題」であるため、引用者の感覚が優先されて、ネット上に公開されているような気がします。

しかし、著作権法第32条には「引用」に関して記載があり、これに抵触すれば著作権侵害となって告訴される危険性が出てくるわけです。

出版業界の判例には「慣習」による判決も多いことから、著作権に関しても業界人に限らず一般の人たちでさえ「慣習」というか「個人の判断」で他人の著作権を軽んじる風潮があり、自分の著作権に関しては必要以上に主張する風潮があるのも事実のように感じます。

ここに電子書籍出版における個人出版の危なっかしさを感じざるを得ません。それ故に電子書籍出版の編集作業やコンサルティングに関して、低い価格感度が根付いてしまっているようにも感じるわけです。

そもそも、言葉は悪いですが、電子書籍を出版する背景には商業出版には満たない要素が多分を占めるために電子書籍といった低ハードルな出版方法を選ぶ現状があります。しかし、たとえ電子書籍であっても出版して公表された出版物となれば、著作権法の保護も受けますし、逆に内容に関しては著作権に準拠していなければ、法的解釈の裁量で取り扱われる「出版物」となりますので、出版社や編集人がサポートする場合は、紙本同様の作業がここに加わります。

「商業出版に満たない要素」を「レベルが低い」と解釈するのは早計です。そもそも商業出版された書物や著者がレベルが高く、それ以外はレベルが低いという感覚自体が、出版に幻想を描いているとしか言えません。

この「編集、構成・校閲」は、電子書籍であれ紙本であれ同等です。

自費出版とその費用さを比較するのなら、差し引かれる費用は「印刷部数に比例する費用」のみとなるでしょう。電子書籍を個人出版した場合は、このあたりの著作権まわりもご自身で整理し、他の公表された情報に関する著作権に配慮しながら出版を行なってください。

ネットと同じような引用方法だと、出版するのに費用はいらなくても、その後に思わぬ通知が届き多大な出費を伴うことになってしまいます。





電子書籍は今後どうなる?

日本の出版業界には他国にはない様々な慣習や文化があり流通形態があります。このおかげで私たちが書籍を手にしやすくなったり、様々な見解の書籍に触れる機会に恵まれるようになってはきたのですが、その功罪は近年大きく広がっていると言われています。

書籍流通の仕組み故に「ベストセラー倒産」なんて言葉も生まれるくらいですから、困ったものです。そして、Amazonの登場によって、長く続いた日本国内における書籍出版の慣習にも大きな楔が打ち込まれました。

これは、私的には良いことだと思うのですが、旧態依然な出版慣習のままでは、今後ますます「読書離れ」は紙本、電子書籍の別を問わず進むのではないかと感じています。

 紙本は、毎日200冊の新刊がリリースされているということをご存知の人も多いようですが、実は電子書籍も月間5,000冊がリリースされているといいます。紙本が1日200冊ですので、月間換算すれば6,000冊となりますので、ほぼ同数が電子書籍でもリリースされているといっていいでしょう。

月間1,000冊の差があるのに「ほぼ同数」としているのは、紙本の場合リリースされても書店に並ばずに返本される書籍が一定数量あるので「ほぼ同数」としています。電子書籍の場合は、AmazonのリリースしてTwitterやFacebookでシェアすれば、少なからずとも日の目は当たるので月間5,000冊のリリースは、ほぼ実数として取り扱っても、問題はないと考えています。

ましてや、個人出版の著作物が著作権に配慮した体裁を整えているのかと考えれば、出版社や編集人でさえ取り扱いに神経をすり減らしている著作権に対して、軽い気持ちで手軽に電子書籍出版を行なっている個人が、著作権法のお勉強を行なっているとは到底考えられません。

そう考えると、今後電子書籍に関する著作権上のトラブルは増えるのではないかと懸念しています。ましてや、電子書籍は紙本より安い価格で販売されていますし、時には無料で配布されることもあります。

私個人としても、2017年からスタートさせる新サービスの法的側面を整備するために再度この著作権に関して学びを深める機会に恵まれたことは、貴重な体験でした。今後も著者の主張と創造性、そしてビジネスを発展させるお手伝いを出版を通じて行う以上、この著作権に関しては真摯に取り組み日々学びを深めていきたいと思います。

【最後に】

 冒頭でなぜ「出版社発行の編集人に向けた書籍などにおいて、電子書籍に関する著作権に関する取り扱いが甘い」と感じたのかというと、上部に掲載した画像の中にある書籍の中で、編集や出版、流通に関して、詳細な指南があり、特に紙本編集者になるために必要なスキルや法律関連の情報に関して記述があるのですが、電子書籍に関しては「個人でも出版できる」と手軽さや「データフォーマット」に関する記述だけで、電子書籍を個人出版する著者に対して著作権に関する注意書きが少なかったからです。

 きっと、編集人を目指しこの本を手に取った人の中には「さすがに紙本の編集人はハードルが高いな」と感じ、諦める人も少なくないと思いますし、中には「紙本編集人は無理でも電子書籍の編集人なら」と錯覚を起こしてしまうのではないかと感じるほど、電子書籍に関するページ数の少なさに驚いたため「出版社発行の編集人に向けた書籍などにおいて、電子書籍に関する著作権に関する取り扱いが甘い」と感じた次第です。

返事を書く

ご意見を聞かせてください!
あなたの名前をここに入力してください