Facebookタイムラインの影響力

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Facebookフィードの影響力

あなたは、ご自身のFacebook投稿へ寄せられるの「コメント」に注意を払っていますか?

突然ですが、Facebookを何もビジネス用途として使っていないからと言って、あなたの投稿についたコメントの質を放置するのはかなり危険なもののようです。

私の場合、Facebookはビジネス用途として利用させて頂いているので、コメントを残し難い投稿になっているというのが現状ですが、Facebookを顧客コミュニケーション活性化のツールとして、コメントのやり取りを行なう場合は、Facebookの運営意図やタイムライン(あなたの投稿一覧)ページの内容には気を配ることをお勧めします。

では、昨日追加された「TechCrunch」さんの記事で、マーク・ザッカーバーグが「Facebookは時間の無駄ではない。」と発言したとの記事を見てみましょう。

Facebookタイムラインの影響力

まずは、引用文をご紹介する前にマーク・ザッカーバーグが「Facebookは時間の無駄ではない。」と発言せざるを得なかった経緯や、メディアがこの発言を取り上げている意図を考えてみたいと思います。

おそらく、多くの方が、「FacebookのCEOが『Facebookは時間の無駄ではない。』って、どこかダダッタ子みたいね」と感じるのではないでしょうか。

以下引用文
(参照URL:http://jp.techcrunch.com/2014/12/12/20141211ask-zuck-anything/

Facebookが時間の無駄だということをどう考えているか?
私たちは学校へ行き、宿題が終ってから人と交流するように言われて育った。その考えが蔓延しすぎて、友達や家族のことを考える前に勉強や仕事を全部終らせなければいけないと、みんなが思うようになったが、それは違うと思う。友達や家族ことが大切だ。人とつながることが時間の無駄だのはまったく思わない。

誤字のような表現がございますが、本文をそのまま引用させて頂いております。

国内でもよくあることですが、報道陣から向けられた嫌な質問の文面とマーク・ザッカーバーグが答えた、『人とつながることが時間の無駄だのはまったく思わない。』と答えた言葉尻を繋げて、ダダッタこのような表現に仕立て上げていたんですね。

これは、逆を言えば、人と繋がらないFacebookの使い方は時間の無駄かもしれないという意味を陰に含んでいるのかもしれません。

ただ、子育て中の親という立場の意見としては、『宿題が終ってから人と交流するように言われて育った。その考えが蔓延しすぎて、友達や家族のことを考える前に勉強や仕事を全部終らせなければいけないと、みんなが思うようになった』この部分に関しては、私もこのようにして育てられましたし、娘達にもこのように言って育てています。そして、その方が良いと考えています。

なぜなら、子供はたくさん遊んで色んな刺激を受けた方が良い、友達と家族とのこともしっかり考えられるようになって欲しいと言う意見には大賛成ですが、その『考える』選択肢を増やしてくれるのが勉強にあると考えているからです。

ちょっとディープな話しになりますが、歴史問題など教育による思考統制(極端に言えば、洗脳)は、教育とは言えないのですが、そもそも、【教育】という漢字自体の意味に「鞭(ムチ)を振るい育てる」という意味合いもあること、現に思考統制をするために他国に学校を建てると言うことが行なわれてきている歴史を見ても、これを知る人物は【教育】、強いては【勉強】まで否定しかねないのかも知れません。

Facebookが変えた報道

私達は、長い年月、報道によってのみ情報を手にしていました。

インターネットが普及し、情報を自ら取れるようになった一方で、溢れんばかりの情報から何をどのように取捨選択し、自身に必要な情報を見つけることが難しくなったとも言えます。

その困難を緩和する形で、新たな「情報サイト」なるインターネット上の報道により、情報統制が行なわれてきているのも事実です。

そう言った意味では、Googleが検索結果を反映させるアルゴリズムに手を加え、また、先日の記事(2015年のSEOを考える)にも書きましたが「パーソナライズ検索」を進化せることは、一部の情報支配を目論む輩から自身を守り、探求し自らを導き、そして友人と親密になる機会を得るチャンスを拡大する手助けとはなるもののと考えています。

(注釈:CIAなどがインターネットを使って個人情報を云々という話しがありますが、インターネットのそもそも論と、「軍事⇒医療⇒民間」といった科学の流れを考えれば、Googleが加担している云々の話しではないと考えます。これらをシャットアウトして、自国の情報統制や個人情報と堅守を行なうなら、どこぞの広国のような仕組みになるでしょう)

そう言った意味でも、Facebookでは、誰かが投稿した報道記事に関してコメントをもって意見交流ができ、時には、「逆の見解を示した報道記事もあるようですよ」的なコメントにより、より深くそのニュースを考える機会を生むこともあれば、先日ニュース23で発言した、安倍首相の発言に対してもまた、次にご紹介するネットニュースにしても、報道統制による悪政を復活させ、そのおこぼれを望んでいる意図があからさまにあり、様々なFacebookユーザーによって、同一のニュースに違った角度からの見解が足され、議論され「自ら知りたい」と願う人々が増えてきたのも、Facebookが私達にもたらした大きな役割だったと思います。

Facebookに「イヤだね!」が実装されない理由

皆さんもFacebookを利用している際に、友人の落ち込んだ書き込みや、著名人の訃報などに対して「いいね!」をクリックすることを躊躇した経験はあるかと思います。

これらの「like」し難い投稿に対してユーザー間での行動を容易にするために「dislike(嫌だね)」のボタン実装に対して要望や意見も多いようです。

しかし、先述した通りFacebookはより人との繋がりを容易にはしたものの、人との繋がりを簡略化することは望んでいません。

「いいね!」はクリックし難いけど、『自分の友人にも伝えたい』と思うのなら、コメントやシェアという方法もある訳です。

以下引用文
いいね!ボタンの成功を踏まえて、イヤだね!ボタンを検討しているか?
イヤだねボタンについて考えたことはある。いいね!ボタンが有意義なのは、ポジティブな感情を共有するすばやい方法だからだ。良いと思わないことを表現するために、イヤだね!ボタンが欲しいという人たちはいるが、やるつもりはない。私はそれがコミュニティーにとって良いことだとは思わない。真に価値があると思うのは、人々には「いいね!」以上の感情があることだ。残念なことや悲しいこと等、いいね!したくない時もある。例えば驚いたことなど、幅広い感情を表現する方法は検討したことがある。

この引用文から窺い知ることができるのは、次の二文だと思います。

『いいね!ボタンが有意義なのは、ポジティブな感情を共有するすばやい方法だから』

そして、次に『真に価値があると思うのは、人々には「いいね!」以上の感情があること』としているところに、Facebookのタイムラインにおける意味付けがなされていると強く感じました。

友人にポジティブな感情を伝播させることは、へそ曲がりでもない限り、受け取った友人もポジティブになるでしょう。時にポジティブな感情というのは「人を浮き足立たせる」という側面もありますから、「いいね!」によって伝わった冷静な友人がメッセージなどで指摘してくれるかもしれません。

この場合、軽はずみな「いいね!」に対してコメントで諭すようなことをするユーザーはあまり見かけません。

時折、他人の投稿上にも関わらず第3者が出てきて炎上(批判論争)を始めるケースもありますが、この場合、多くのケースで思慮、配慮、知識、情報、TPOのわきまえに欠如したユーザーによるものが多いと言え、それを諭す方が出てきてもことは終息せず、結果「放置」とするしかないことから、後日、この投稿の結末を揚げ足取る報道記事がネットを賑わせます。

逆を言えば、個人のタイムラインは、ひとつの報道手段となっている訳です。

食事の内容を多く投稿すれば、グルメな人だと思われますし、お仕事のことばかり投稿すれば、仕事が大好きな方だと認識される。

いつも大勢の方との集合写真を掲載していれば、「社交的で親しみやすい方」と映りますし、批判的なことばかり書いてあると、暗いイメージがついてしまう。

投稿に統一感がなければ、特徴のない人として映ってしまうというのは、あまり意識したことのある方は少ないことでしょう。

時に、自分が発信している情報は「大切な人にとって、非常に重要」と考えれば、このタイムラインに意識を注ぐことは少なくありません。

仮に私の場合を例に挙げると、私のFacebook投稿は9割以上仕事関係で成り立っています。

クライアントさんの記事を紹介したり、お客様に必要だと思う情報をシェアしたりします。ただ、仕事ガチガチ人間だとも映って欲しくないので、時折、休日のことも投稿しますし、食べ物の写真も投稿します。

また、私の投稿は、検索などで私を知った方が、私をパートナーに選ぶにふさわしい人物かを精査頂く材料としても位置づけています。これは最近でこそあまり言われなくなりましたが、企業の採用担当がFacebookをチェックすることとも似ているかと思います。

このようなことから、Facebookをどのように使うかによって、タイムラインのあり方も大きく変わってくる訳です。

ご夫婦ともにFacebookを使っているのなら、奥様のことを気遣い、誤解を招くような投稿は避けるべきですし、これは何も女性関係のことだけではなく、食事の写真にしても、お酒の席の写真にしても、仕事の写真にしても気を配るべきですし、お客様も見ていると考えれば、投稿の質も変わるでしょう。

余談ですが、個人の投稿の質が変わらない限り、Facebookのビジネス利用の成果は変わらないと言えるでしょう。

Facebookタイムラインの影響力

Facebookタイムラインの影響力

こちらは2日前のlivedoorニュースのキャプチャです。

(参照URL:http://news.livedoor.com/article/detail/9563222/

 衆議院の解散から、また過去「アベノミクス」という言葉が作られて以降、支持率がこれまでにない以上に高かったのにも関わらず、あたかもその支持はおかしいよ?と思わせたいかのような報道の仕方が目につくのは私だけではないはずです。

さすがにキャプチャに写り込んでいる品位の欠ける書き込みを放置しているのは、その意図を察するまでに至りませんが、きっとこの記事が出た以上、今後仮に削除してもそれをネタに何やら記事にすることでしょう。

裏を返せば、それだけ報道人には「ネタ」がない訳です。(因に、冒頭の引用の誤字にしても同様)

「人の不幸は蜜の味」「火事場の野次馬」「ツイッターのバカ投稿の拡散力」これを見れば、ザッカーバーグが『ポジティブな感情を共有するすばやい方法』としており、マイナス思考、ネガティブな投稿や感情に対し『すばやい方法』を採用しない意図も伺えます。

残念なことではありますが、人の批判や、バカにするようなネガティブなことは、過剰なまでに人々が反応してしまう訳です。そう言った意味では、安倍首相のFacebook利用は勇気のある行動だと感服します。

話しを戻しますが、先のニュース23内での「人を選んでいますね」という発言は、確信を付いています。NHKのねつ造番組に関しては多くの方がご存知の通りですし、NHKだけでなく、キー局と言われるメディアには国外の情報監査局的な部署が入っていることを知る人はそれほどいらっしゃらないでしょう。

テレビとは報道のみならず、番組構成自体も今やそれらに統制されてます。

高度成長時代には、スポーツ番組やスポ根ものが流行りました。これは流行ったのではなく、国民を奮い立たせるために偏らさせていた訳です。

バブルになると、バラエティが流行りました。働き過ぎで疲れている国民を笑で疲れを忘れさせ、ルーチン化した仕事に向かわさせるために行なわれた訳です。韓流ブームは、その国の経済を支えるために行なわれ、同様の韓流美容ブームも然り。

また、最近特に多いとって付けたような「日本ってこんなに素晴らしい」的な番組構成。今、日本が変化をもたらそうとしている時に「今のままでも素晴らしい」と思わせるような意図が伺えます。ただでさえ、浸食し尽くされてきている今の日本が「今のまま」残るはずもありません。

どこを基軸にして、守るのかを情報が溢れている今の時代だからこそ、ご自身が好む日本であって欲しいと望むなら、情報は自らが選択し考え、発信し、個の力は小さいですが、同志とともにコミュニティを形成してみては如何かと思います。そのためにもFacebookタイムラインは多くな影響力と役割を果たしているかと思います。

このlivedoorニュースに掲載された記事は、週刊ポストの記者によるものです。「政治家としての器」を知り尽くしているような言い草ですが、政治家のあり方自体を考え直そうとされている安倍首相にとっては、従来の「政治家の器」では図ることができないと言えます。

また、『Facebookを直接意見を伝える場所』としておきながら、記事として間接的に批評するのは、人としての器の大きさに疑問を感じるが「報道記者」としての選択は、間違っていないかもしれません。もしかすると、この記者自身が安倍首相からブロックされたユーザーかも知れません。

自身の意見を述べるなら、自身のFacebookで投稿すれば良い訳ですし、自身の名前がついた、顔写真も公開したブログなどで表明し、閲覧者からの評価を得れば良いと思います。

この記事もFacebookやツイッター、Google+といったSNSに更新通知が上がりますが、どれだけの閲覧者が「いいね!」やリツイート、+1をクリックしてくださるかは、分かりません。

おそらく、ほとんど反応はないでしょう。

なぜなら、この記事は決して、『人をポジティブに導く記事ではない』からです。

では、なぜ、この記事を書いたのか。それは、何かをきっかけにこの記事にたどり着いた方への私なりのその方を大切にしたいと想う気持ちから、私の真意をお伝えすることで、それが果たせると考えているからです。

この記事によって、私から離れていかれる方もいらっしゃるでしょうが、それはその方が選んだもので、ご自身を大切にする意思のもと、私の情報はそれを阻害すると感じたからでしょうし、逆にこの記事をきっかけに、私をもっと知りたいと想ってくだされる方もいらっしゃることでしょう。加えて、クライアントの方々やクライアント企業のスタッフの皆さんがこの記事を読み、普段の「その場では言えないこと」を汲み取って頂けるようになって頂ければ、この記事の役割は充分に果たしたと私は考えます。

Facebookタイムラインの役割は、きっと人それぞれの解釈があることでしょう。そのタイムライン管理者の意図と閲覧者の位置づけが異なることもあるでしょう。

私は、その違いも含めながらFacebookの運営方針が、私の意向と一致する限り、私はFacebookを使うでしょうし、そうでないSNSサービスは使わなくなると思います。

更に言えば、「Facebookはビジネスに向いている」という表面的な情報に惑わされることなく、自社の理念やサービスの特性、商品特性などを考慮し、また顧客属性と閲覧者属性に充分に配慮しながら、既存顧客と御社スタッフを守るためにも発信メディアと情報発信の方法を検討されては如何かと思います。

Facebookを上手にビジネスに生かしたい方には、こちらの書籍がオススメ!

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