天岩戸神社に参拝

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天岩戸神社

年中行事になりつつある、天岩戸神社に今年も参拝してきました。
(天岩戸神社、公式サイトはこちら→http://amanoiwato-jinja.jp/

本厄だった2年前の夏から天岩戸神社に参拝するようになり、今年で3回目。風水もたまに活用するのですが、今年はなんと!カミさんの誕生日が八白土星(私)七赤金星(妻)ともに、参拝に向く日ということだったので、福岡から日帰りで宮崎県高千穂町にある、天岩戸神社へと行ってまいりました。

天岩戸神社のことをあまり知らない人は、上のリンクからどんな神社かを確かめれくださいね!

目次からも御察しの通り、この記事は単なる「お知らせ記事」ではありません。

天岩戸神社になぜ、参拝しているのか

 お恥ずかしながら、生まれが九州でもあるにもかかわらず、天岩戸神社に初めて参拝したのは2012年当時のクライアントさんと現場視察を兼ねて立ち寄ったのが初めてでした。さすがに遠いのでその後なかなか足を運ばなくなりました。合わせてこの頃には毎年お正月に福岡にある十日恵比寿神社に参拝しているので、あまりいろんな神社に参拝するのはよろしくないと思いもあり(言い訳?)足が遠のいていたんです。

しかし、前厄の年、健康面は良かったのですが、色々と良くないことが重なり、そして本厄の年には毎年参拝している十日恵比寿神社で厄払いをしていただいたのですが、宮崎への家族旅行の際に天岩戸神社にもお参りさせていただくようになったのが始まりです。

今年は、子供達には悪いと思いましたが、私の仕事の都合で宮崎への家族旅行はなしで、天岩戸神社への参拝だけのために宮崎の高千穂町まで行ってまいりました。

天岩戸神社は西本宮と東本宮があり、大日霎尊(おおひるめのみこと) 【天照皇大神の別称】が御祭神として祀られており、東本宮の御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)が、天岩戸からお出ましになられた後、最初にお住まいになられた場所を御祀りしている神社です。

今回は、西本宮をお参りさせていただいた後、定番コースでもある天安河原(詳細は公式サイトをご覧ください http://amanoiwato-jinja.jp/publics/index/6/ )にお参りし、今年一年の報告と後厄の年を穏便にお納めいただいた感謝をお伝えさせていただいてきました。もちろん、これから一年間の決意表明も行なってきました。

そして、なぜ、お正月と夏の2回、それぞれ神社にお参りさせていただいているのかというと、ビジネスを始めると往々にして傲慢になる時があると感じるようになったからです。何事も抜きにして感謝できる対象を私自身の中に置かなければ、この傲慢な(すぐに調子にのる)性格を修められないと感じるようになったからです。

そう言った意味でも「厄年」は、いろんな気付きを私に与えてくれました。

新規獲得だけなら「傲慢」なスタイルでもビジネスを成長させられる

これは、私の経験論ですが、ネット集客を始め成果を出している間は、特に営業を行わなくてもネットで集客できるようになりましたし、コンサルの依頼を受けても、ホームページを使って集客したり営業効率を高めさせることは、思いの外簡単に実現させることはできました。

思い返せば、それまでの私自身の営業体験は、新規獲得だけと言っても良い営業スタイルでしたので、新規獲得しか見なくなる近視眼的なセールスだけにフォーカスしてしまっていたように思います。

なぜなら、それまでの職業体験は、訪問販売でしたし、その後は住宅建築ですからリピート性の薄い商材を扱っていたわけです。アフィリエイトにしてもリピートするかどうかは広告主の扱い知るところでアフィリエイターでもある私には関係のない領域でした。

そして自分でビジネスを始め、集客ノウハウをコンサルティングしていくと、そのノウハウを伝授(←これも偉そうな言い方ですが…)してしまえば、私は必要なくなりますので去ります。新規顧客獲得に困っている企業や経営者は少なくありませんので、それでもビジネスを伸ばすことは、それほど難しいことではありませんでした。

ただ、あるとき気付いたんです。

「0から1もしくは、3」くらいまでクライアントを指導させていただいたとしても、それ以上のレベルに私自身が関与できていない…と、言うことに…。

確かに、経験を積めば「0から1もしくは、3」にまで企業を成長させるスピードを上げることはできました。しかし、私が去った後、「3」までレベルアップしたはずの企業が後退していたり、さらなるレベルアップを果たせていない事実を目の当たりにするようなことが、今から5年前くらいから見え隠れしていました。

しかし、当時おクライアントも、私が忙しくしていることは知っていましたし、一部のコアクライアントに絞ってさらなる成長をともに模索する動きにスイッチし始めていた私に相談しづらい空気を生み出していたようなのです。

傲慢だったわけです。

傲慢な営業スタイルでも、新規客を集めて売り上げを伸ばすことは可能です。しかし、その顧客がリピートしなければ、新規客は新製品に移るので、今度は新しい商品を開発しなければなりません。コンサルタントは「新語」「最新情報」「最新テクニック」をクライアントに落とし続けなければ、継続契約も取れなくなりますし、新規クライアントも獲得できなくなります。

しかし、マーケティングを深く学んでいくと、自然と「マーケティングの歴史」を学ぶようになり、最新ノウハウやテクニックではなく、「語り継がれる本質」を今の時代に当てはめる「考え方」を用いるようになります。

先人に学ぶようになるわけです。

しかし、この学びを与えてくださる「先人」に、感謝しようともすでに故人だったり、到底…そう易々とお会いできないような人物だったりするわけです。こうなると、誰彼に感謝することなく書籍などから学んだ自分の手がらだと、また勘違いしてしまい傲慢になってしまいます。先人に学び、長年語り継がれていることをひた隠し、それを現代風にアレンジした「最新テクニック」と称して、新規客を獲得するようになるわけです。

ここに、私は無性な気持ち悪さを感じていました。

実験的に最新テクニックやノウハウを語らなくなると…

2013年くらいから、意識的に最新情報や最新テクニックを毛嫌いしていると情報発信を行い、最新情報を否定し、過去から語り継がれている「本質」と、呼ばれる情報に紐つけ情報発信をするようになると、ことごとく最新情報信者(ネット業界には特に多い)から、毛嫌いされるようになったわけです。

特にネット業界やネットでなんとか売り上げが欲しいと望んでいる人たちは、最新情報や最新ノウハウが大好きですので、これらの情報を否定し、最新情報が短命な理由、最新情報やノウハウを望む人が口を揃えて言う「成功事例は?」などと口にする状況に、「最新を追う人でも、過去を非常に気にしている」と、指摘し、それなのになぜ歴史を学ばないのかと進言すると、言わずもがな嫌われます(笑)

そうなんです、最新情報を欲する人でも「成功事例」や「過去の実績」」を求める以上、歴史が気になっているわけです。

「歴史」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、3年、5年前…もしくは、ここ3年間や5年間の実績や事例は、それ以前に成果が出たノウハウやテクニック、施策などから生まれたもので、そのノウハウやテクニック、施策は、さらにその数年前の事例やデータを分析して生まれています。

これを3年や5年区切りで見るのではなく、数十年単位で振り返って見ると、面白いことに、100年以上昔の話が出てきたり、人物の事例に行き着きます。

結局、最新事例を学ぶと事例も成功実績もデータも少ないので「眉唾」をつかまされることも多いですが、思い切って50年、100年前に情報を求めると、その時代その時代に合わせて少々アレンジされただけの「本質」と感じられるようなフレームワーク(考え方)に、出会えるようになります。

昔の話ですから、本や文献もたくさんあるので検証するのも楽です。

そして、最新情報は知らなくても、昔の話を知っている人はたくさんいます。昔の話を知っている人とのご縁が増えると傲慢ではいられなくなります。なぜなら、「最新情報」の数は少ないですし、レアケースの場合もありますが、「今日の情報」よりも「今日までの情報」のほうが圧倒的に数が多いので「知らないこと」に触れる機会も大幅に増えるわけです。

自ずと「知っていることを教える」だけではなくなり、「知らない話を聞かせていただく」機会のほうが増えるようになったわけです。そして、「なるほど!そういった歴史があったんですね。ということは、今抱えていらっしゃる課題は、そこにフォーカスすると回z年できると思いますよ。なぜなら…」と言った会話ができるようになるわけです。

最新の課題は最新情報では解決できなかったのに、その人の過去に解決策があったわけです。

過去を整理して、今を見つめる。

これがとても大切だと感じるようになったのが、今から3年くらい前です(遅いですよね(汗))。

私は職業柄、課題を抱える経営者や社長さんからご相談をいただき、その解決策を見つけ出したり、解決するためのツールを作り、実際に解決できる軌道に乗せるお手伝いをしています。しかし、課題を解決するためには、その人の歴史やその企業の歴史を知る必要があり、それらをお話いただけなければ適切な施策は打てません。

話をお聞かせ頂くと自ずと私の知らないことも出てきます。知らないことを聞かせていただけると言うことは、手放しで感謝できることで、とても嬉しい限りです。しかし、傲慢な人間に人は話をしたいとは思いません。ですから、私は少しでも自分の中から傲慢な部分を取り除く方法を探しました。そして定期的に否応無しに謙虚になれる瞬間を習慣的に持つ方法を探しました。

否応もなしに…問答無用に謙虚にならざるを得ない対象…。

それは宗教的な意味も信仰的な意味も完全に無視した「神様」という存在ではないかと「決めた」わけです。マーケティングの勉強から派生した日本の歴史を学ぶ活動を通じて、過去に天岩戸神社に連れて言っていただいたことを思い出し、我が国の原点が宿る天岩戸神社こそ、純粋に私自身が謙虚になれる場所だと感じられるようになったわけです。

天皇陛下に対して傲慢になれる日本人はいないと思います。こんな話をすると、私のことを「右寄り」などと言い出す人が出てくるかもしれませんが、右でも左でもなく、私は日本人ですし、ちょっと傲慢な(かなりですか?)ところがある自分を謙虚にさせていただけるのは、この「日本」を創り紡いで来られた皇統だと感じられるように徐々になってきたわけです。

不思議ですよね、少しずつでも謙虚になれるようになり、自分が生まれ生きる国の歴史を学び始めると、本心で話をしてくださる人たちとの出会いが増えるようになります。

仕事の話抜きでのお付き合いが始まり、SNSを通じて私の仕事を知りご紹介くださる方やご相談を寄せてくださる方が出てくるようになり、全く関係のない瞬間に「検索」によって、私のコンテンツにたどり着き、すでに仕事を離れたところで人間関係ができているので、あっという間に仕事がスタートし始めると言うようなことが出現し始めるわけです。

我が国の開祖に年に一度は会いに言ってみませんか?

こう言った背景もあり、私は毎年お盆明けに宮崎館の高千穂町にある天岩戸神社に参拝するようになりました。

また、そして西本宮を参拝した後、天安河原を参拝し、その流れで足を奥に向けると「アマテラズの隠れ家」と言う名前のカフェがあります。

そこにはカエルの鉄細工があり、そのオブジェにいつも癒されています。私が知る一番の古株カエルは年数もたちサビもついていましたが、なかなか味のある悟りでも開いたような佇まいで、今年の私を出迎えてくれました。

アマテラスの隠れ家

そして、今年は新メニュー(笑)が登場していました。

昨年は、ここの名物「高千穂牛麺」というラーメンを暑い中いただいたのですが、今年から「冷やし高千穂牛麺(冷やしラーメン)」が、登場していました!

冷やし高千穂牛麺

これが絶品でした!

そして、なんと冷やしラーメンの他に「ソーメンバージョン」、と「そばバージョン」があるんです。来年は、天岩戸神社手前にある道の駅でのランチではなく、家族全員、参拝を済ませた後に、ここで食事をとることに決まりました。

実はこの日、私だけ食事を控えめにして(長女も知っていた)、このテラスカフェで高千穂牛麺を食べる予定にしていたのですが、冷やしラーメンがあると言うことで、長女にも次女にも、そしてカミさんと三女も、この冷やし高千穂牛麺を頬張り、私は一口くらいしか食べられませんでした。

私の怒りは…

天岩戸神社

というのは、冗談ですが手力男命戸取像のように、今後も励めるよう精進したいと思います。